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2012年 05月 19日
みゆみゆとディズニーシーに行ってきた。
 ちょっと前のことになるけど、みゆみゆたちとディズニーシーに行ってきた。メンバーは、みゆみゆと大学生の女の子=Mちゃんと私という、ほとんど意味不明なんだが、この3人は(私が思うに)すごく仲が良い(その大学生の子=Mちゃんは私の彼女とかでは全然ない)。この3人が知り合ったのは本当に偶然なんだけど、毎週1回は私の家でワイワイ遊んでいるという不思議な状況で、いや、そういうカオスもありだよね、と思う。

 「爆弾娘」の異名を取るみゆみゆの騒ぎっぷりは普段から尋常ではなく、遊んでいる最中の笑い声や叫び声は近所中に響き渡っていて、私はいささか心配なのだが(笑)、素晴らしいのはMちゃんのみゆみゆへの接し方。ほんとにうまい。

 私には子供がいないから、子育ての大変さは推測するしかないのだが、子供の大変さは子供の無意味さにあるように思う。その行動の理由が衝動的でハッキリしないのだ。みゆみは中1になったからまだ全然ましだけど、ときどき何を考えているのか分からない表情をして、少し混乱するし、どう対応したらいいか分からなくなるときがある。

 そのMちゃんのみゆみゆへの対応が絶妙に素晴らしいのだ。みゆみゆはもう散弾銃のようなトークを展開するのだけど、Mちゃんはそれを一つ一つ丁寧に拾っては返し、拾っては返すのである。その返し方が全く無理をしている感じでもないし、上から目線でもないし、かといって友達に接するようでもなくちゃんと年上視点だし、「とにかく一緒に楽しもうね」という基本スタンスはナチュラルで崩れることがないし…、と、ディズニーシーでこっちは感嘆しきりだった。みゆみゆと私も超仲が良いけど、長時間一緒にいると流石に疲れてくるわけで(ものすごく色々考えてしまう)、Mちゃんみたいに自然体ではとてもとてもこなせない。だから私はみゆみゆとMちゃんが楽しく過ごせるように見ているだけでいいし、安心してみゆみゆをMちゃんに任せられるし、私は二人が大騒ぎして喜んでいるのを見ているだけで幸せだし…という一日だった。まー私の役割はダッフィーを二人にプレゼントしたことくらいだな。ダッフィを抱きしめている二人が物凄く可愛かった(そういう年齢に私はなってしまったのだ…泣)。

 みゆみゆには素敵な両親がいるけど、なんか『よつばと!』に近いよなー、と思った。あのマンガの素晴らしさに日本の素晴らしさが凝縮されている気がする。










# by shu-rakastava | 2012-05-19 07:20 | ぐだぐだ
2012年 04月 12日
「自己破壊の越境者、尾崎豊(12)」。
 「自己破壊の越境者、尾崎豊」「前書き」(1)(2)(3)(4)(5)
  「自己破壊の越境者、尾崎豊」「序章」 (6)(7)(8)
  「自己破壊の越境者、尾崎豊」「第1章」(9)(10)(11)


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「自己破壊の越境者、尾崎豊(12)」「第1章 ファースト・アルバム『十七歳の地図』」



 2. 失くした言葉 —— 「はじまりさえ歌えない」


  1曲目の『街の風景』で、尾崎豊は、「社会の中で歌を歌うとはどういうことなのか」を突きつめて考え、歌手になることの覚悟を高らかに歌い上げていた。

  それならば、この2曲目のタイトルはおかしいのではないか。「歌う」こと、それも「何を歌うか」まで具体的に明らかにした1曲目の後、「はじまりさえ歌えない」と「歌う」ことに何重もの矛盾がありはしないだろうか。この矛盾の糸を解きほぐすことが、この歌の核心になるだろう。


『はじまりさえ歌えない』の歌詞

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ふと目を閉じればアスファルトの道端に
うずくまり黄昏の影に手を伸ばし何かもとめてた


 この冒頭のフレーズは、この『はじまりさえ歌えない』という歌が1曲目の『街の風景』と呼応していることを示唆している。『街の風景』の中では「追い立てられる街の中/アスファルトに耳をあて/雑踏の下埋もれてる歌を見つけ出したい」とあった。「アスファルトの道端にうずくま」って求めていたのは、「雑踏の下埋もれている歌」だったのに違いない。

 だが、ここの歌詞には不思議な言葉がある。「黄昏の影に」である。「雑踏の下埋もれている歌」は「黄昏の影に」あるのである。この曖昧で不思議なメタファーをどう考えたらいいのだろうか?

 『大辞林』によれば、「黄昏」というのは、「夕方は人の姿が見分けにくく、『誰(た)そ彼(かれ)』とたずねるところから、夕暮れをさす」言葉なのである。この一言に「あなたはいったい誰なのですか?」という意味がこめられていることが、解釈の糸口を開いてくれる。尾崎豊が求めていたものは、「人々」の「雑踏の下埋もれている歌」であったのだろうが、それは同時に尾崎豊自身の自己表現でもあった。そして、歌を歌うということは、「あなたはいったい誰なのですか?」という問いに答えることでもあるのである。ただし、ここの歌詞が過去形で歌われているように、尾崎豊はまだ「歌を歌っていない」段階にあるのであり、つまりは「あなたはいったい誰なのですか?」という問いには答えられない——すなわち、この問いの「影」のような存在に過ぎないのだ。「手を伸ばし、求めて」も、そこの自分の求めるものがあるかどうか分からない。そういう状況が「黄昏の影」というメタファーに込められているのだと思う。

埃りだらけのビルディング ウイスキーの匂いがするよ
俺の心の中には求めるものがひとつも映らないよ
君の弾くピアノ まだ覚束ない
刺激の強すぎる この街では心が鈍くなってゆくよ
君を抱きしめ離したくない
愛の光を ともし続けたい


 このフレーズも『街の風景』とリンクしている。『街の風景』では、はっきりと「夢」や「愛」という希望が提示されていたのに、なぜここでは「求めるものがひとつも映らない」のだろうか。それは、『街の風景』にあったように、「夢」や「愛」の対極にあるものが「金」が生み出した「虚像」だからである。それは「虚=空っぽ・うつろ」であるがゆえに、心の中には映らない。だからこそ、具体的に「求めるものがひとつも映らない」。そのかわり、「金」や「虚像」は強烈だが無意味な「刺激」、欲望だけを喚起する。でも、求めるものが何もない。そして、どんどん自分を見失い、「心が鈍く」なっていく・・・。

 この金の魔力によって自分を見失っていく感覚が「ウイスキーの匂い」というアルコールによる酩酊感覚によって明示されている。こういうところで、「高校三年生なのにウイスキーとは!」といって目くじらを立てる人もいるのだろうが、そういう揚げ足取りはろくでもない、つまらないものだと私は思う。尾崎豊の歌では、すべての言語表現の奥に、より深い理念や信念の裏づけがある。これを感受できるかどうかは、ひとえに聴き手自身の生きる姿勢にかかっているのだ。

 さて、もう一度歌に戻ろう。どうして自分が求めるものが分からないかというと、まだ自分そのものが確固としていないからである。「自分が確固としていない」ということは、同時に「自分の言葉」もないということだ。「君」というおそらくは女性も、弾くピアノは覚束ない。このメタファーは、「自分を表現する手段がない」ということにつながっている。「俺」と「君」とは、二人とも自分を表現する手段をまだ獲得できていないのである。だからこそ「俺」は、自分の同類のような女性を「抱きしめ離したくない」わけだし、「愛の光をともし続けたい」と思うのだ。

カラカラに乾いた喉 へたばるまで走るのかい
ひとりぼっちの汗は誰の眼にもとまらない
蒸し暑い倉庫の中で 30分の休憩をとり
つめ込むだけのメシを食べて 届かない窓に手を伸ばしている
なけなしの金のためのアルバイト
楽しくやるには この街では金だけがたよりだよ


 先の第1連では、虚しい矛盾があった。「求めるものがひとつも映らない」のに、「何かを求めている」のである。この虚しい苦闘の末に、「俺」が出した取りあえずの結論は「愛」であった。だが、それで「虚しさ」が解消されるのだろうか?

 この第2連では、「求めるものがないのに、何かを求めている」という苦闘が描かれている。「カラカラに乾いた喉」。「カラ」という言葉に「空(から)」という虚しい響きがこだましている(前書きでの『I LOVE YOU』での強烈な「から」の効果を思い出してほしい)。自分を表現するということは「ひとりぼっち」で孤独な作業である。それは「誰の眼にもとまらない」。しかし、いつかは「求めるもの」を捕らえ、「届かない窓」に届く日もくるだろう。

 だが、当座は「楽しくやる」ためには金以外のものは見当たらない。この歌に関して、尾崎豊は次のようなセリフを残している。「僕は“ブルーカラー”と言われている人たちが、自分たちの置かれている環境や不満みたいなことを歌っている歌に、すごく感じるんです」。ここに尾崎豊は、貧しかった自分のバイト時代を投影しているかのようだ。尾崎豊は、青山学院高等部に入学した高校生時代、朝は新聞配達、土日にファミレス(ロイヤルホスト)でバイト、平日も定食屋で皿洗いのバイトと、憑かれたように働いていた。彼が通っていた青山学院高校にはお金持ちの子女が多く、財布に万札を幾枚もいれて友だちにおごるような高校生も多数いたらしい。その中で、尾崎豊は「金」や現実の意味を考えさせられていったのだろう。

 さらに、歌作りという作業も、尾崎豊がプロになることが決まっている以上、厳しい労働の一つではなかったであろうか。孤独の中で自分を表現していくプロセスが、ここに投影されているようだ。そして、プロではない尾崎豊は、まだ「はじまりさえ歌えない」のだった。

君のためなら死ねるさ きっと
愛こそすべてだと 俺は信じてる


 こういうフレーズは、少し青臭いヒロイズムとして反感を買いかねないものであるが、これについて、須藤氏は次のような回想をしている。

「もちろん、ポップスには“君が好き、死ぬほど好きだよ”みたいな歌もたくさんある。でも、できたらそうじゃない歌を創っていきたいねって、そんな話を尾崎ともさんざんした」p.13

 「君が死ぬほど好き」というフレーズと「君のためなら死ねるさ」というフレーズの間には、ものすごい隔たりがある。前者では、「死ぬ」というのは、「好き」を形容する添え言葉に過ぎないが、後者では「君のために」自分の全人生を賭けるという覚悟の表明になっているからだ。『街の風景』での尾崎豊の主張を思い出そう。尾崎が賭けようとしているもの、それは「金」儲けではなく、「夢」や「愛」なのであった。すべてが「金」に還元されてしまうような「生き方」は「無意味」なのであり、「夢」や「愛」にかける生き方には「意味」、すなわち人生の「意味」がある。尾崎豊はこう主張していたのだった。この歌では、他人のために死ぬ、つまり、自分の人生は他人のために全力を尽くすところだというところに、尾崎豊は人生の「意味」をおいていた。そして、これをこそ、尾崎豊は「愛」と呼んでいたのだ。

この街じゃ俺達 まだまだ世間知らずさ
情熱は空回りの 把みどころのない影
走り出してはいつも 路頭に迷い込んで
把むものも何もなくて はじまりさえ歌えない俺がいる
辿り着くといつも最終の電車
酔いどれのひとり言は この街では欲望に崩れてゆく
この街から君を守りたい
愛の光を ともし続けたい
君を抱きしめ離したくない
愛の光を ともし続けたい


 「金」が生み出す「虚像」に心を奪われているだけの「俺達」は、「まだまだ世間知らず」であり、社会の中でどのように生きていくのか、という「夢」さえも見つけられないでいる。そして、「情熱」と「衝動」だけが空回りして、「はじまりさえ歌えない」のである。そう、まだ自分の「言葉」がないから「歌えない」のだ。確固たる自分がなく、口をついで出た言葉も、ただ「酔いどれのひとり言」にしかならない。それは金が喚起する「欲望に崩れて」いってしまうしかない。その中で、かろうじて、「俺」は「愛」というものだけを信じようとしている。

 この歌の中には、「愛」はあっても「夢」はない。自分の「夢」を語るには、自分の「言葉」が必要なのだ。しかし、まだまだ「金」と「欲望」に眩惑されていて、自分を確立させることができないでいる歌い手は、ただただ「愛」を信じるだけなのである。

 ここで、自己と言葉の関係を少し考えてみることにしよう。この「言葉」をめぐる問題がこのファースト・アルバムの最も主要なテーマだからである。一見関係のないように見える彼の全ての歌が「言葉とは何か」=「自分とは何か」という問題をめぐって作られているのである。

 我々は、ふだん、あまり意識することなく「言葉」を使って生活している。でも、その「言葉」は本当に「自分の言葉」なのだろうか?ちょっと振り返ってみれば、それがそういうものでもないということにすぐに気づくのではないだろうか。まず、自分の「言いたいこと」をきちんと「相手に伝える」ことなど、それほど容易くできるものなのだろうか。相手に対して自分をアピールするということは、よほど自分が確立していないとできないことなのである。確かに我々は「言葉」を使って生活してはいるけれど、自分をきちんと確立させて、そのうえで「自分の言葉」を使っている人はそうそういないのではないだろうか。

 とりわけ、この日本では、この「自分」という「オリジナルな存在」を切り捨てる方向で、社会全体の風潮が動いている。ちょっとでも自分の意見というものを出すと「変わった人」というレッテルが待っている現実が、いまだこの国の大勢を占めている。そうした社会的な風潮が個人の自主規制という形で働いて、自分の思っていることを素直に口にできないということが繰り返される間に、「自分の言葉」、すなわち「自分」をも見失っていってしまうことになりかねないのである。言葉というのは、自分を育てる核になるものなのだ。「自分」というものと、「言葉」と、「言葉」が紡ぎ出す「夢」、さらにその「夢」へと向かう「生き方」というものは、実はしっかりと連動しているのである。

 『街の風景』という歌は、「歌えない」自分が如何にして「歌う」かという、劇的な変化に関する歌だった。でも、人はそう容易く自分の表現手段を獲得できるものでは決してない。そこに行き着くまでには、孤独な迷路を「空回り」しながら「へたばるまで走」らなければならないのである。「蒸し暑い倉庫」という表現があるから、この歌はブルーカラーをイメージしていると思われるかもしれない。しかし、尾崎豊が歌を歌うまでにどれほどの長い試行錯誤と下積みがあったのかを考えてみれば、この歌に込められた苦闘の歴史が、尾崎豊の歌の歴史そのものであることは言うまでもないであろう。尾崎豊の兄であった尾崎康氏が回想されていたように、尾崎豊の歌作りは「身を削る」ような凄惨な肉体労働であったのだ。

 この曲では、まだ尾崎豊が「自分の言葉」を獲得できてきていなかった過去、「はじまりさえ歌えな」かった昔のことを振り返って歌ったものだ。そこにあったのは、「愛」への確信——それは、おそらくは、人とともに生きていく、そして生きていかなければならないという使命感だけだったのだろう。そして、現在の、この歌を作っている彼は「自分の言葉」を獲得し、「言葉のなかった頃」になりかわって、その昔の自分に言葉を与えて歌にすることができたのである。

 「自分の言葉を獲得できる前」の段階にある歌という点で、前書きで分析した第3曲『I LOVE YOU』は、この第2曲から連続している。『はじまりさえ歌えない』のラストで「愛の光をともし続けたい」と歌った尾崎豊は、「では、その愛とは何だろう?」という問いに答える形で『I LOVE YOU』を歌い継いでいくのである。

 しかし『I LOVE YOU』では、「I LOVE YOU」という愛の「言葉」はハミングへと崇高に衰退していったのだった。この歌の主人公たちの言葉は、「愛している」あるいは「愛してる?」という陳腐なフレーズだけであり、そこに彼等のオリジナルな表現はどこにもない。そして、その幸せの絶頂と引き替えに、彼等はその陳腐なフレーズさえも捨て去ってしまったのだった。

 さらに、『I LOVE YOU』には「夢」がない。「ひとつに重なり生きていく」ことすら叶わないという未来に対する絶望がこの歌の背後にあり、この絶望こそがこの歌に崇高な輝きを与えていたのである。この歌で、尾崎豊は「愛とは何か?」という問いに信じがたいほど美しい「言葉」の技巧を駆使して、身体的な愛の行為そのもので応えたのだった。

 この「自分の言葉のない時代」は、次の『ハイスクール Rock'n'Roll』へも引き継がれていく。




















# by shu-rakastava | 2012-04-12 11:34 | 尾崎豊
2012年 04月 06日
おっと。。。
 もう4月でないか。。。

 なるだけ毎日更新するつもりだった一月の決意はどこへやら、気がついたら HP の方も消えてるし、朝から夜にかけてが一瞬で終わっていくし、もう人生の流れの早いこと早いこと。

 この数年は何がどうしたとか振り返ることすらできないまま、怒濤のように毎日降ってくる課題をこなしていただけだったような気がする。何をしたという記憶が、まるで、ない。しかし、こういう状況にあえて身を置いたのは自分だし、そこそこにハードな経験もしているし、そういう経験の蓄積がいつか生きてくるんだろうと考えて、また毎日の膨大な雑務へと身を投じていくのだった。

 若い頃にあった、夢とか希望とか理想とかは跡形もなく消え去ったのだろうか?。あれほどの情熱に燃え、怒りに震え、自分の無力に落ち込んでいた自分はどこに行ったのだろう?。「青年」を終える、という難しい段階にさしかかっているのだと思う。でも「中年」にはなりたくない。

 「道」がなかった「青年」期とは違って、もう道はある。その「道」を進めばいいのだが、その「道」だけが自分の「道」なのだろうか?いや、そうではないだろう。それではあまりにも寂しすぎるし、自分の人生ではないような気がする。そろそろ別の「道」を開拓しなくては……。とりあえず、毎日毎日コツコツとまた階段を登っていこう。私にできるのはそれしかない。

 とかいいつつ、またみゆみゆとかとディズニーシーに行くことになったのだった。何やってんだ、俺 orz。







# by shu-rakastava | 2012-04-06 16:09 | ぐだぐだ
2012年 03月 20日
みゆみゆとディズニーランドに行ってきた。
 お。久しぶりすぎて誰も見てない気がするが、ま、いっか …。

 ところで、一昨日の日曜日に、みゆみゆたちとディズニーランドに行ってきたのだ。で、それがもう本当に楽しかった!し、素晴らしかった!

 さすがにこの年齢でディズニーランドそのものが楽しいとかは無いわけだけど、とにかく「ディズニーランド」というシステムに驚嘆した。いや、そのシステムの仕組みそのものに関してはもうずーっと分かっているのだ。ていうか、ヴァルター・ベンヤミンを囓ったことがある人なら誰でも、「パサージュ論」の完璧なまでの完成形としてディズニーランドを見てしまうことだろう。「大衆文化の夢の国」だとか「博覧会」だとか(しかし、ディズニーランドはどれほど博覧会的なことだろう!)だとか「集合的無意識」だとかを駆使して、もういくらでも論じられるし、論じている人は山のようにいる(そういえばスーザン=バックモースとか面白かったな…)。私が今回感嘆したのは、「夢の国」のシステムではなく、「ファンタズマゴリー=夢の国」を「夢の国」として見せる(魅せる)、その「見せ方」の技術の徹底ぶりだった。

 私の見るところでは、ディズニーランドはどのアトラクションも(あるいは「ザ・ダイヤモンドホースシュー」のようなショーまでも)「三段階戦法」を取っている。まず、最初に「確かに面白いもの=観客が期待しているもの」を見せる。これで観客は「来て良かった=元を取った」と思う。その次に「意外なもの=観客が予期しなかったもの」を見せる。これで観客は「こんなことがあるのか?」と驚く。その次に「さらに意外なもの=ダメ押し」を畳みかける。これで観客は「まったく予想もしなかったところに連れて行かれた」と思わされる。陳腐な言葉で言えば「序破急」だが、厳密には少し違う。正確には「予想通りのこと(知)→ 予想外のこと(驚) → 未知のこと(夢)」とうい構造になっているのだと思った。特に新しいアトラクションはこの構造が顕著だ。例えば、「ビッグサンダーマウンテン」のようなアトラクションでも、走行中に2回の休憩を挟んで三段階になっているし、「ミッキーのフィルハーマジック」のような3D映画でもそうだった。もっと言えば、ディズニーランドの構造自体が「ワールドバザール → シンデレラ城 → それぞれのランド」という三段階になっているのではないか。

 ディズニーランドが観客を楽しませるためにいかに努力をしているかということはもううんざりするほど書かれているだろうから置いておくにしても、私はこの「サービス業」としての完成度の高さにはもう平伏すしかないほだ。ディズニーランドに行って、自分の仕事ぶりのいい加減さ(いや、頑張ってはいるんだが)を猛反省した。と同時に信じられないほど啓発された。

 また一緒に行ったみゆみゆがディズニーランドの術中にハマって(笑)狂喜乱舞しているんだ。この子をこんなに楽しませることができるなんて何て凄いんだろうと思ったし、こうやって心の底から楽しめるみゆみゆも素晴らしいと思った。みゆみゆを見ていて、「俺は最近こんなに大興奮するくらい超楽しかったことがあったっけ」となんだか哀しくなったし、自分でもっと興奮できるような毎日にしようと強く思ったのだった。

 みゆみゆのはち切れそうな笑顔を見ていて、この幸福が永遠に続いて欲しいと痛切に思った(自分の子でもないのに)。そのために俺は毎日頑張っていかないといけないわけだし、頑張るんだ。そして、全国には何万人・何十万人・何百万人のみゆみゆがいて、自分はみゆみゆ=大衆の側に立っているのだと再確認した。
















# by shu-rakastava | 2012-03-20 06:59 | ぐだぐだ
2012年 01月 27日
「鶴」

 高校のクラスはA組とB組とC組に分かれていた。もっともC組は3人しかいなかったし、その3人は近く、別の高校というか施設に移されるという噂だった。その3人はみんな女の子で、同じ高校にいるのは、彼女たちにとっても僕たちにとっても辛いことだったからだ。中学校の頃は同じクラスなり部活なりで、みんなごく普通の生活を楽しんでいたのに、あの「テスト」の結果が、僕たちと彼女を分けたのだった。
 その「テスト」は学力を測るものではなかった。「飛力」を測るものだったのだ。「飛力」が有るか無いかは、遺伝も学習能力も関係がなく、ただただ偶然によるものだった。血液検査で判定できるようになってから、もう5年になる。中学生は卒業式の後、「テスト」を受けて —— そういう結果が出たのだった。何せ、高校からは「飛行訓練」という単位が取れるのであり、生徒たちはデジタル・フライング・マニピュレーター(DFM)というペンのような装置を使って、一年生の終わりには飛べるようになるのだ。そして飛べない人は、どんなに頑張っても —— おそらくは一生 —— 飛べないのだ。もちろん科学者たちは頑張っているのだけれど。

 彼は僕の友だちだった。いや、正確には中学で同じクラスで、隣の席が二年続いたというだけだったのかもしれない。彼には付き合っている彼女がいた。彼女は学年で一番、それも群を抜いて可愛かったし、頭も良かったし、性格も良かったし、真面目だったし、僕みたいなものにも親切だったし、つまりは完璧だったのに —— 彼女はC組に入ってしまった。彼女がC組だということが判明した時の彼の落胆ぶりは尋常ではなかった。彼は彼女を溺愛していたのだ。彼は彼女を郷里の北海道へと連れて行くのが夢だったのだ。彼は、彼の兄から北海道の大自然の雄大さを聞かされていて、とりわけ飛来する丹頂鶴を斜め後ろから追いかけるときのこの世のものとも思えぬ美しさを彼女と共有したかったのだ。

 僕は彼女がC組だと聞かされて、哀しいと同時にほっとした。これ以上、彼と彼女の仲睦まじい様子を見るにしのびなかったからだ。彼女に惚れていたって?逆に聞きたい。学年で彼女を好きじゃない奴なんていただろうかって。二人は学校一のカップルで、誰もが認める聖域の中に住んでいた。しかし彼女がC組に入ると、その聖域は消え去り、ハイエナのような輩が、といっても女の子たちだが、彼を狙い始めた。学校では安全のためにペアになって飛行訓練をするというのが通例で、それが男女ペアなら学校公認のデートになった。学校一の人気者だった彼とペアを組みたがる女子は後を絶たず、その中には彼女の親友と思われていた人たちも含まれていて、彼と僕をげんなりとさせていた。

 しかし、飛べるようになってくると、「飛行」の素晴らしさは人類が発明した最高の成果だ、という言葉がこれほどまでに真実だったのかと思い知らされるようになった。夜、いったん海上まで低空飛行し、そこから斜めに上昇し、昇る太陽を迎える荘厳さは、まさに神々の顕現だった。あるいは、アルプスの稜線を飛び越えながら、壮大な山々が変容していく様子はもはや美を越えて恐怖であり、どうして人類は登山などをしていたのか分からなくなるのだった。雲を突き抜けて空に吸い寄せられるものもいたし、実は無限の色を持つと言われた海ばかりへ飛びに行くものもいた。

 僕たちは飛行に夢中だった。朝から晩まで飛行の話をばかりをし、日本の、いや世界の絶景ポイントを調べ上げ、あるいは自分だけの絶景を探すことに熱中していた。毎日が毎日が「飛行」のことで頭がいっぱいだった。何より教える先生たちがそうだったのだ。

 そんな話題に入れない彼女は、みるみる憔悴していった。学校でも人目を避け、C組の教室から出てこなくなった。みんなもそれを察知して、彼女の姿が目に入らないようにし、彼女は1人で教室で本を読んでいた。後の二人はずっと前に不登校になっていたが、真面目な彼女はそれは負けだと思っていたのかもしれない。彼女は授業を一人で受けていた。そして、彼女が痩せていっていることに、みんなは気がつかなかった —— 彼と、そして僕を除いて。

 彼女は日に日に痩せていった。もともと細身だったけど、さらに細くなっていった。自分で血を抜いているんじゃないかと思うほど、その痩せ方は急激だった。身長まで縮んだかのように思われた。フランス人のモデルのような体型を通り越して、彼女はもはや針金細工だった。せっかくの可愛らしい顔立ちが、まるで猛禽類のように目だけが浮かんでいた。僕は心配で落ち着かなかったのに、彼は素知らぬふりをしていた。僕がそれとなく尋ねると、「大丈夫だ」とだけ言った。ものすごく遠くを見ていた。

 ある秋の終わりの夕方、僕はC組に入っていく彼の姿を見かけ、悪いとは思いながらこっそりとC組の中を覗きこんだ。彼がいて彼女がいた。彼はしっかりと彼女を抱きしめたまま動かなかった。彼女は彼の胸の中に埋もれていた。見てはならないものを見て、僕は後ずさりをした。

 それが二人を見た最後になった。彼は、彼女をおぶったまま、北海道へと飛び立っていった。彼女が痩せたのは、彼の願いであり、彼女の願いだった。「二人飛び」は法律で禁止されているが、それは飛行が不安定になるからだった。彼らは真夜中に、東京を越え、福島を越え、岩手を超え、青森を越え、津軽海峡を越えて、北海道に入り —— そして、釧路で発見された。


 それから僕はもう飛ぼうという気持ちがなくなってしまった。 毎日、何をするでもなく、空ばかり見ている。そして、地上から見る空はなんて美しいんだろうと思っている。















# by shu-rakastava | 2012-01-27 00:01 | 虚実皮膜(マイ小説)


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